2011年3月11日の福一原発暗視映像

初稿:2011年3月12日 最終更新:2012年10月11日
文責:  株式会社 イソップ  代表取締役  岩田 清 ( いわた・きよし=文責者=筆者)

<此の映像はIE専用です。クロム、火狐では、ネットから「IEタブ」をダウンロード、インストールで視られます>

 逆説的に言えば、それくらい原発推進派が大慌てする、「司法的に価値有る」情報です。
 それ故、消されないように私のサーバーから読み出す方式に改めました。

福一原発事故から2012年9月までは、

私の上掲TWを含む「ブローアウトパネル」の件で、★阿修羅♪でも賑わった暗視カメラ情報ですが、翌朝、一旦閉められて居ました!

 3号炉爆発に驚愕して、再度、開けようとしたものの、自動では開かず、2号炉は、決死隊が、建屋内部から、落下予防の鎖を切って、パネルを突き落とせたものの、 4号炉は、圧力容器の蓋と、格納容器の蓋と、3層のコンクリートシールドプラグも外された状態で行って居た、不正な内職仕事の作業途中で大地震に遭遇した事で、 天井クレーンが核燃料棒を掴んで居た、又は、作業用プールに仮置きして居た、最悪は、床に放置されて居たかで、パネルを開ける事も適わず、 3号炉核爆発から12時間程後(=14日23時〜15日1時)に、 IAEAにも報告できない再臨界爆発をさせて仕舞いました

と紹介して居たブロアウトパネルの件は

 国会事故調で活動された田中三彦さん、伊東良徳さんの『東電は、写真を隠して居る。』との公言に促されて、2012年9月11日に、渋々公開した次の写真で、 『2011年3月11日の夜も開けられ居なかった。』と確認できました。

2011年3月17日に東電が公開した写真 <画面クリックで拡大>

1号原子炉建屋5階壁面の外装材と見做される残骸

 残骸の表面は平らではなく、私が『もしかして』と予想した「鋸歯波」の加工が施されて居ました。
 此の加工に依って、緩やかな斜面と急な斜面とで「光の反射率」が異なりますから、
 『1号原子炉建屋1〜4階迄の壁の外装材を とした場合は、
 壁の薄い5階外装材を、1〜4階と逆向きの とする。
 2〜4号原子炉建屋では「ブローアウトパネル窓」を とし、
 それ以外の全ての壁を、 とする事で、 「万が一」の場合、「ブローアウトパネル窓」の部分を、クレーンハンマーで叩き割れば、恐ろしい「水素爆発」を免れる!』と、
「馬鹿な考え休むに似たり」した結果が、此の様な大惨事に到って仕舞ったのですから、 東電は、口が裂けても『実は、「水素爆発」ではなく、「原発型核爆発」でした。』とは絶対に言えないのです。
 故に、此の残骸は、『原発は、地震多発の日本には、在っては成らない物だ!』との、何にも代え難い証拠物件なのです。
 ですから、早々と、証拠隠滅しました。

元のページへは、ブラウザの「戻る」で戻ってください。

当ホームページの内容は著作権に拠って保護されています。著者に断り無くコピーしないで下さい。
Copyright ©1988-2013, AESOP Corp., All rights reserved.